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収まらない怒り、納めなければならない怒り ブログトップ

バドミントン女子ダブルスの非常事態に [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

今晩は

オリンピックも日程が進み、泣き笑い、記録、勝利、色々な瞬間に世界中が注目していると思います。
日本は寝不足の人続出でしょうか。私は持たないので、問答無用で寝ています。

さて、バドミントン女子ダブルスで失格が4組出たと言うニュースが流れています。オリンピックの精神から考えればあってはならない話でしょう。


と言う私も実際の試合を見ていません。報道とこちらの1分程度の映像だけですが、これを見ただけでも、当然の話だと怒りを覚えずにはいられませんでした。
http://www.businessinsider.com/eight-badminton-players-disqualified-from-olympics-2012-8#ooid=JuM2FqNTo1PfVQghwvoaMPwA0eH6IcBv
(英文サイトですが、問題の試合の映像がご確認頂けます)

今回のオリンピックから、トーナメントではなく予選リーグ制になった事はある程度評価していました。

そもそも、出場出来る選手が本当に絞られるので、試合数も少ない。それで1回戦負けで終わったら、です。見る方もつまらないし、する方も苦しい。本来のパフォーマンスを出せるように、と言う考えからも有ると思いますが・・・この様な負の側面が出るとは・・・。

こんな状況は選手も辛いでしょうが、審判団だってもの凄く辛い。
その試合を裁いた主審は特に辛かったのではないでしょうか。

実は今回に限った話ではないでしょう。
いつのオリンピックだったか忘れましたが、その当時中国の女子シングルス選手で世界NO1だった選手がいます。
が、彼女も同じような思いをしたとインタビューで答えていました。

その時のオリンピック準決勝で同国対決だったため、ライバルの選手を決勝に活かせるよう指示を受けたと。
その代わり負けても金メダル選手と同じ待遇をする約束されたそうです。

その指示の根拠はなんとしてでも中国は金を死守する。その為には、決勝に上がるライバル国の選手には彼女が分が悪く、ライバル選手は勝率が高かったから。

でも、これが表沙汰になる事は有りませんでした。周りに悟られないように、それなりにきちんと試合をしていたと言う事でしょう。

色々な人とも話しましたが、リーグ戦であれば作戦として当然あり得る。
でも今回は目に余る。あまりに酷い。

結果、このような形になりましたが、裁定を出したトーマス・ルンド事務局長は「選手の利益のために決断した。重要なのは断固とした公正な態度で対処することだ」と会見で述べています。

これが全てでしょう。
実はトーマス・ルンド氏はバドミントンが初めて採用されたバルセロナオリンピックのダブルスに出場した方です。

だから、オリンピックの重さもすばらしさも、重要性もよくご存じ。だからこそ決断できたと思います。

この裁定はオリンピックに出場した選手だけでなく、出場出来なかった全ての選手や、関わっている全て関係者の為になされた裁定だと私は思います。

種目問わず、一国の利益や権威発揚としてスポーツやオリンピックを活用するのは終わりにする時代である事。

その人の才能を発揮する方法としてスポーツがあり、その才能を何処までも高める事が出来る豊かさを讃え合う場所としてオリンピックが有る。

その人の人生がある程度左右されるのは致し方ないとはいえ、共産国のように命さえ左右する様な取り扱いはもう終わりにすべき、と言う事を示しているように思えてなりません。

選手が本当にかわいそうです。一番罰せられるべきはその国の競技役員達です。でも、それでは示しが付かない。だからこそある意味では一番弱い選手が引き受ける格好になった。

トーマス・ルンド氏をはじめとした関係者全ての今回の決断に関わる想いが、本来のスポーツのあり方と本来の姿での発展につながってゆく事を願ってやみません。

最新記事には常に最新の予定を掲載しています。こちらを是非チェックして下さい!!

次回プロジェクトの予定はこちら

コンディショニングプログラム
日時:8月28日 火曜日13時30分開始15時00分終了(予定)
場所:横浜市中田コミュニティハウス(横浜市営地下鉄ブルーライン 中田駅下車)
地図:http://www.city.yokohama.lg.jp/izumi/03shinkou/01chiikikatudo/nakatachmap.html
参加費:無料
持ち物:大判のバスタオルをご持参下さい

ポールウォーキング体験会
詳しくはこちら9月にポールウォーキング体験会を開催しますhttp://tsworking.blog.so-net.ne.jp/2012-07-14-1をご参照下さい。

予定が合わない、体験会の前に挑戦してみたい方、完全予約制ですがパーソナルレッスンで承ります。 レンタルポール代金含め参加費1000円です。

ポールウォーキングについては
ポールウォーキングってなんでしょう
楽しく奥の深いポールウォーキングの研修日の、素敵なお話
をご参照下さい。
全ての問い合わせ申込みはtsworking@js5.so-net.ne.jp もしくはブログパーツのメールフォームで!!

皆様にお目にかかれる事を心より楽しみに、首を長くしてお待ち申し上げております。

正論が伝わらない [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

今晩は

迷いましたが思い切って書こうと思います。

大津の自殺、最初は無関心になりました。体が追いつかない。

でも、これだけ騒がれてるのは何か、と思いニュースを見ました。

酷いを通り越している、殺人事件として扱って差し支えない。

張本人達には刑事罰がおりてしかるべきでしょう。むしろ、そこまでのマイナスのスティグマを与え、猛省すべき。
でも、それだけが全てではない。

今の日本の問題その物だと感じています。

それは・・・、「正論が通じない」この一言が全てです。

正論が通じない事、つまり一番弱い立場の人間が最も苦しい思いをする。

子供の育ちで考えてみましょうか。

親の言葉遣い、子供はまねしますよね。
周囲の大人がやっている事で、興味のあること、まねしますよね。
それが遠因でいじめにつながっている、気づいていませんか?

何故なら、親子関係で一番弱い存在は、子供です。
もしその子供がただ遊んでいる時の両親の何気ない会話やけんかに恐怖を覚える事が有ったとします。
そして素直に、その事を伝えて、「おまえが悪い!!人の性にするな!!」と言われたらどうでしょうか。

恐らくハートを閉ざすでしょう。また、そう振る舞って良いんだって思うでしょう。

その連鎖です。
本来恐怖を与えたら、(悪い事をしてしかる時は別物ですが)その事に対して謝罪するのが正論でしょう。

でも、その正論が通じず、力ある者の論理が正論としてまかり通ったら、ですよね。

だから、この一件はその事件が解決して終わり、ではないのです。
解決しても、遺族はじめ周囲にいた人全てに、何らかの心の傷を残します。気づいていなくても残るのです。その心の傷は体にも影響を及ぼします。

だからこそ、もう一度正論が通じる社会を構築せよ、そんなお達しに私には感じました。

「Om Mani Padme Hum」
御冥福を心よりお祈り申し上げます。


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日時:7月24日 火曜日13時30分開始15時00分終了(予定)
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参加費:無料
持ち物:大判のバスタオルをご持参下さい

ポールウォーキング体験会
詳しくはこちら9月にポールウォーキング体験会を開催しますhttp://tsworking.blog.so-net.ne.jp/2012-07-14-1をご参照下さい。

予定が合わない、体験会の前に挑戦してみたい方、完全予約制ですがパーソナルレッスンで承ります。 レンタルポール代金含め参加費1000円です。

ポールウォーキングについては
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上野千鶴子先生。よくぞおっしゃって下さった。 [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

今晩は

2/4の朝日新聞青beの「悩みのるつぼ」をご覧になられた方はいらっしゃいますでしょうか?
相談を受けた上野千鶴子先生の回答が見事だった。
先生よくぞ言って下さった。そんな思いです。

このカテゴリーは二度と書かないと本当は決めていましたが、この記事で考えたこと、今迄言いたかったけど上手く言えなかった事をお伝えするにはこのカテゴリーしか当てはまらないので使う事にしました。

青beは図書館で閲覧する事は可能ですが、簡単にアウトラインを。
相談者からは「知らなければ平穏無事に過ごせたのに、知って平穏ではなくなってしまった。当事者の娘はそれを隠し通している事が空恐ろしい。親として最もなって欲しくなかった側の人間になってしまった事がどうしても許せない。母親として自責の念と喪失感、娘への嫌悪感がせめぎ合っている。娘にはまだ問い詰めていないがアドバイスをお願いします」とありました。
それに対し先生はばっさりと「全ての原因を娘側へ転嫁する事でますます望まない方に追い詰めてはいませんか。」そしてお嬢さん側の裏切りは「あなたの期待に添わない事への無念と怒りです」そして、最終的なアドバイスには「本当にこれからでも娘さんとの関係を築きたいなら」と言う一言が添えてありました。

もう、先生よくぞ言って下さった。本当に気持ちが良かった。

子供ははっきり言って、大人の影響で育つ物。
大人がその責任を受け止めず、子供が悪いと言う態度を続ければ、成人を超えてからだって絶対に問題は続く物です。その事を気づかずに子供に責任を転嫁するのはやめて欲しい、親子げんかで毎度言いたかった事でしたし、今も言いたい。
どんなに怒鳴りたくても、怒鳴ったら負け、と言うのは本当にお門違いだと私はいつも思っています。
でも、そこで怒鳴る事で負けになるのも又真実です。結局被害者が加害者に変わる瞬間だから。
でも被害者も加害者も同じだけの罪悪感を持ってしまう。良い事ではない訳ですし。

親の期待に添わないから怒る、怒鳴るは間違いだと言う事だと言えますよね。これは指導側でも同じ訳です。

と言う事で、この記事を読んで取り上げるべく内容を考えていたら堂々巡りになって、凄く大変になりそうでした。

が、とある方のブログ記事を読んで、恐れはそのまま感じれば良い、と言う一節に救われました。
本当の話喉が痛くなりそうで、そう言う選択をしようとしている自分とさせまいとする自分との戦いで、体力を消耗しかけましたから。

それ位心の作用が大きい事を痛感する日々です。

改めて言いたいのは、子供の問題は親が作り出している。
これは成人しても変わらない。
一つの真実でしょう。

だからこそ、子供に問題が起きた時「全ておまえが悪い」と言う態度は許されないと言う事なのです。

このカテゴリー、この記事で更新しなくなりますように。

+++コンディショニングプログラム開催のお知らせ!!++++

【日時】2月8日・2月15日 共に水曜日15時開始16時30分終了(予定)
【場所】横浜市中田コミュニティハウス
【地図】http://www.city.yokohama.lg.jp/izumi/03shinkou/01chiikikatudo/nakatachmap.html
【内容】ストレッチ主体に、スモールギムニク(バランスボール)を活用して、普段固まっている身体をほぐしつつ、インナーマッスルやコアマッスルにも働きかける1時間30分です。
【連絡先】tsworking@js5.so-net.ne.jp もしくはブログパーツのメールフォーム

しっかり動いて、もっともっと元気動く身体の基礎をご一緒に作りましょう!!

収まらない怒り、納めなければならない怒り 4 怒りの始まりは批判?? [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

こんにちは

先週の土曜日のお稽古で、どうしても収まらない怒りが残っている事に気づきました。
その分、その相手と対応しているときは気分が悪いし、何かしでかさないかと警戒している。
実際、場を読まないので又ちょっとした板挟み状態になってしまいましたが・・・。
その怒りは何かと考えました。
それは、批判でした。

批判があると、段々相手の良い所が見えなくなるし、相手の良い所を探しなさいと言われ
ても、探せなくなる。
ある意味極端なので、出来なければ手を付ける事自体止めろと言うのが本音です。
余計なトラブルに見舞われるぐらいなら、最初から深い関わりを止めたい。そうすればいじめ
も受けなくて済む、と言う子供の頃からの考えもあります。
が、その一方で深い所に関わって、色々と知りたいと言う好奇心もあります。
その上で、自分が正しいと思った事を正論として受け入れてもらい、その通りにして欲しいと
言う欲求がある・・・・。

それはさておき、批判があると居心地は悪くなる。
コミュニケーションも上手くいかなくなる・・・・・。

今迄は批判を感じないようにして、初対面の好印象を維持し続ければ問題ないと思ってきま
した。が、はっきり言って無理です。
実際、このブログがこんな状態に成っても、nice!!を常に踏んで下さる方もいらっしゃる。
踏まなくても、それなりにアクセス数はついてきている。
本当にありがたい事です。
どうしたって、批判は感じる物。感じたとしても、どうやって自分の中で処理をするのか?
単純に怒りに変換しないようにするにはどうすればよいのか?
怒りを持ってしまったら、壊したくなくても全てがぶち壊れる。
批判があれば、そのつもりでなくても、壊れる事が前提となってしまう。

もちろん、おしまいにしたいときも、批判と怒りのエネルギーを使うのと、そうしないとでは
どっちが良いのか?

そう考えると、批判は怒りの根源と言う事になるのだろうかとつくづく思いました。

この辺、まだまだ続けます。何かの鍵が見つかり、それが己の物になるまでは・・・。
おつきあい頂ければ幸いです。

収まらない怒り、納めなければならない怒り 3 子供の頃に望んでいた事 [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

今晩は

こんな分類を造りました。まぁ引き寄せる事とは又違うだろうなぁって思っての事です。

以前記した「見ていて切ない」が120アクセスを記録していて、5月では最も閲覧数が
多かったようです。正直驚いています。
ですが、私にとってこの記事を記していて、何が一番辛かったのかと言われれば、
小学校一年生の子とそのお祖父様の関係は私の子供の頃とダブった事その物です。

何気ない事でも怒鳴られ、叱られ続けれれば、本来怒られなければならない場面で
怒られたとしても、わからないでしょう。
そして、怒鳴られたくないと親に対しても心を閉ざしてゆくでしょう。
実際問題、子供の頃から「何、この子は言いたいことだけ言って」と親戚からも冷たい目
で見られていました。
だけど、申し訳ありません。子供の頃については子供の性にされては困ります。
9歳位までは潜在意識まぁある種の無意識で行動しているとされています。
だとしたら、育てた大人の責任でしょう。
それを見たくないから、「何でそうなの」と子供を叱ってもお門違いも良い所でしょう。

振り返れば、本来怒られなければならない場面で、怒られていなかった。
思い出すとしたら、ですが、小学校1年生の頃、エレクトーンを習い始めたのですが、
本当は大しておもしろくない。
近所の子がやっているからやりたいという程度。
上手くなるには時間が掛かる事自体が実はものすごく苦痛。
「お買い物に言っている間に練習しているからね」と言って、嘘ついた。
母はわかっていたけど、苦虫をつぶすように黙っていただけ。
その後も、本当に怒らなければならない場面で、怒られていなかったように思えます。
そう言った経験は、「嘘ついて通せるんだ!!」と。ある種、人をなめてかかったりする
等(その点は未だにわかりませんが)、その後の行動に多少なりとも悪い影響を及ぼして
いると思います。
特に自己正当化の為にはどんな手段もいとわないと言う点では。

と同時に、年中叱られ・怒られ・非難されてれば「悪い子なんだ。望んで生まれてきた訳で
はないんだ」と失望して縮こまるでしょう。
そして、親の思い通りにならない事が重なれば、期待通りにならなければ更に縮こまる事
になります。
親も辛いかも知れませんが、本人のトラウマはとんでもないレベルへ行く事になりませんか?

とすると、子供の頃に望んでいた事って、
「嘘をついた事を見抜いて、ちゃんと怒って欲しい」
「本当に悪い事をしていないなら、怒鳴らないで欲しい」
「そんなに期待しないで。期待を手放して見守って欲しい」
「信じて見ていて。思い通りにならなくても、結果が出るまで見守って欲しい」
「わがままを許すのではなく、良い悪いをはっきりして欲しいし、簡単に状況に応じて変えな
いで欲しいし、はっきりと言って欲しい」
と言ったシンプルな事なんだろうか?と思います。

正直な所、成人してからこの問題に気づいて修正するのは苦しいです。
未だに、両親に嘘をついた事をわびたいという思いは全くありません。
前述した通り、彼らも嘘をつくわけです。それも出任せで。それが続くからこそ、本音は違うん
だと言われたって、正当化にしか過ぎない訳です。

そんな事を気づきました。
色々な事柄がレイヤーで見えてきますね。

おつきあい頂きありがとうございます。

収まらない怒り、納めなければならない怒り 2 考え方と貫き方 [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

今晩は

福島大臣が罷免され、社民党が野党になったというニュースが駆け巡っています。
皆様はどう思われたのでしょうか?
私はあっぱれ、とも思ったし、当たり前だとも思っていました。

先ず、あっぱれと思った理由。
公約を絶対に曲げなかったから。約束した事は絶対に守ると言う、組織としての強い
信念その物は、本来当たり前の事でありそれを貫く勇気は本当に素晴らしいと思いま
した。

当たり前と思った理由。
罷免する側だって、当初は公約していた事を曲げました。
だけどそれが最高責任者のした事であるなら、本来部下は従わなくてはなりません。
出来ないから自発的に辞めた形で、とりあえずきれいな形にするのが一般世間。
だけど、今回は「元々約束していた事を曲げた方に責任がある」と言う立場から、絶対に
譲らなかった事。その結果として起きえた事なので、まぁ責任者のやる事としては当然
だなぁって思っていました。

とは言え、公約した事と言うのか、一度言った考えをころころ変えている、まぁそれこそ
柔軟性があると言う見方になるのが現代社会なのでしょうけど、個人的には、考え方や
公約自体を譲る事や公約していないと言ってしまう事自体が???????????
ですし、はっきり言って言語道断だと思っています。
これは個人に対しても言える事ではないのでしょうか???

親と喧嘩した時もそうでした。激怒した母が出ていくと言って、実は出ていかない。
こんな事が何度か繰り返されれば、悪いけど信用しません。同じ事を言ったり、同じ喧嘩
になれば、「また言ってらぁ。馬鹿じゃないの??」としか見ません。
父は「でまかせなんだから、本当の気持ちを受け止めろ」と、母を擁護しますが、何言って
いるの??としか思いません。
本当にそう思っていないのなら、言う言葉じゃない。一度言ったなら、本当にやって見ろと
思います。特に、色々な場面で約束が果たされず煮え湯を飲む機会が多いと、どうしても
そう思ってしまうのです。
なので、私自身も喉から出かかっても、ここで言ってはまずいと思うと、自然に押し黙って
はいられるようにはなりましたけどね・・・・。

と言う事で、二つの考え方と立場の貫き方が見えたように思います。
1つめが、立場を踏まえつつ、柔軟とされる動き方で組織として最善の判断をし(つもり)、
その結果として、組織の方向性を守るために、違う方向性の人間を排除してでもその方針
を貫抜いたと言う立場。
2つ目が、一度言った事に終始責任を持ち、その結果として組織からはじかれても、責任
を持って貫ききったと言う事。簡単に考え方を変えない、考え言った事に対して、全身全霊で
責任を持ったと言う姿勢で貫いたと言う立場。

どっちがよいのでしょうか?
私は2つ目である事を公言したいと思います。
もし、考え方が本当に間違っていたなら、真に謝罪をしてそして真に行動を変えられるもの
です。
それが大人としての責任では無いか。常々思っています。

それがないから、社会は乱れた。そうも思えるのです。

ぼやきです。スルーして下さい。


収まらない怒り、納めなければならない怒り 1 振り返りながら [収まらない怒り、納めなければならない怒り]

こんにちは

ここの所荒れ気味の記事ばかりで大変失礼いたしました。
大分落ち着いては来ましたが、まだまだです。

今の私の一番の問題は、社会不適応症(←専門用語ではありません。)
故に、努力しても、努力しても、煮え湯を飲んで泣いているいる私を見て、あきれながらも
「もったいない」と先輩に言われている状態のまま、ここまで来ました。
だけど、その状態は正直な所、子供時代に始まっているのです。

その症状の始まりは、友達が出来ないと言う事でしょうか?
子供の頃は、何故そうなるのか理解できない物です。
だけど、私の場合「べき論」者になっていたのでしょう。既にそうやって自分を縛っていたと
思います。
もちろん、社会の問題を子供なりに見て、ルールを守らないのが行けないんだって思って
いましたから、突っ張りや先生に反発する奴が大嫌いでしたし、そう言う奴らにいじめを受
けてもいました。
制服は最初、母から丈が長くて邪魔じゃないか?と提案を受けて、少し短くしてもらったら
「短いんじゃないの(あんた生意気!!)」と上級生に言われ、やばい校則は遵守すべき
物と理解して、慌てて直してもらい、それ以降はがちがちに守ってきましたが、先生方は
・・・・でしたし、・・・でした。
中学校時代はそれでも、理解してくれる人達だったのでまだ良かったかなぁとは思います
が・・・。
高校行くとそうでもない。
学力の高低というのは、ある種の柔軟性を見ているのかなと思います。
ちょっと話がそれますが、公務員試験や入社試験の問題はあんまりにもへんてこりんとも
言える問題が多数出ると思います。特に数的推理と言われる分野は。
(経験のある方ならおわかりになると思います)
実際問題、公務員試験は受け続けてきたので、理解は出来るのですが、今対応しろと言わ
れたら方法を忘れているので、又一からやり直しです。
その問題である、数的推理というのは通り一辺倒の公式やテクニックだけでは、正答はむり
です。そこでの柔軟性、応用力が問われていると言う事なんでしょう。
そこで、その人を見ていると言う見方も出来ると思います。
実は、私、大の苦手です。

つまり、役割論や、ルールに縛られている事柄以外は、どうしたら良いかパニックになると言う
のが本音です。
そして、自分の答えが出ている所では、その答えで一気に行ってしまう。
ものすごい落差だけど、それが今の私であり、社会から見てつきあいきれなかったり、干され
たりする原因なのでしょう。

でも、それが許せず、怒りが収まらない事につながっていきます。
話していても、どうしても伝えたい事が伝わらなく、上手く話がまとまる時、そう言う時程、後々
怒りがわき上がってくる。
だけど、相手も同じなのかも知れない。
それでも、許せないのです。
正論を言っているのだから、従えと。そう言う意識が主になっているからです。
こういうときは、相手にもニーズがある事を学べとビジョン心理学では言うのですが、理解しても
感情が許さないと言うのが本音です

今もそうですが、ある意味運命を呪っている自分もいます。
生まれてきたことその物に怒りを持っている自分もいます。

見ていて切ないに出てきた男の子は、ある意味では私の子供時代の写し鏡の様でした。
本当は、この辺を先ずはと思ったのですが、先に男の子事を書かせて頂きました。

まだまだ、この辺は色々とわき上がっています。
もしお許しを頂けるのでしたら、しばらくおつきあい下さい。
よろしくお願い申し上げます。
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